翻訳業は一般的に先行投資の少ない職業と言われています。
特に大きな機材を揃えたり、特定の資格が必要だったり、商品の仕入れなどが不要だからです。極論、パソコンと自分の身だけあれば始めることはできるのです。
その中で、唯一と言っていいほどのまとまった投資(翻訳スクールを除く)は、パソコンの中に取り込む字幕制作ソフトの費用だと考えます。
今回はその購入の必要性と、最近の選択肢について考えてみたいと思います。
SST一括購入から時代は変わりつつある!

これまでは(株)カンバスが提供するSSTG1シリーズを購入し、ドングルを差し込んで使用するスタイルが字幕翻訳の定番でした。
プロを目指す人にとっては、もはや必須条件と言われるほどでした。
私自身も数年、映像翻訳の現場で字幕・吹替の案件を経験してきましたが、今でも案件によってはSSTの使用を前提とした指示が届くことは多くあります。
字幕案件はもちろん、尺合わせが必要な吹替案件などでも、SSTでざっくり箱切りをしてから作業することで効率が良いという場面もあります。
つまり、SSTを使う状況はまだ“結構ある”。ただ、「SSTを持っていない=即NG」ではなくなってきているというのが現状です。
しかも、最近では期間ごとの買い切りプラン(例:netG1)も登場しており、初期費用を抑えつつ導入できる方法も増えてきました。
大きな流れとしては以下の通り。
・SSTだけが選択肢ではなくなった
・字幕制作ソフト業界にもサブスクの波が押し寄せてきている
・独自のシステムを開発し、その使用を指定する動画配信会社も出てきた
順番に見ていきましょう。
SSTだけが選択肢ではなくなった
前述のとおり、これまでは「字幕制作ソフト=SST」一択だった時代が長く続いてきました。
特殊な作業を求められる字幕翻訳では、そもそも代替ソフトが存在せず、選ぶ余地がなかったんですね。
ところが、ここ数年で状況が変わってきました。
“字幕制作ソフト”で検索すると、今では一番上に表示されるのはFAITHの「Babel」というソフト。SSTは私の検索画面で2番目に出てきます。
このBabelというソフト、実は元々カンバスで開発に携わっていた方が独立して作ったものだそうで、使い勝手もかなりSSTに似ています。価格はSSTよりも安く、アカデミック版も用意されており、徐々にユーザーを増やしている印象です。
また、プロとして常用するには少し機能が物足りないかもしれませんが、「おこ助」という無料の字幕ソフトもあります。学習段階や練習用としては十分だと言えるでしょう。
このように、昔にはなかった選択肢が増えてきていること、今後も増えるだろうと予想されることは頭にいれておきたいですね。
それぞれのリンクを参考程度に貼っておきます。
(株)カンバス SSTG1シリーズ: https://canvass.co.jp/
(株)フェイス Babel: https://www.babel.style/
(株)ユーフォニア おこ助: https://okosuke.jp/
字幕制作ソフト業界にもサブスクの波が押し寄せてきている
ここも見逃せない変化です。これまで「数十万円の買い切り」が当たり前だった字幕制作ソフトに、サブスクリプション型の契約形態が登場しています。
今でもSSTが指定される案件はありますが、すべての案件で常時SSTを使うとは限らないのが現実。使用頻度やタイミングが限られる場合には、「必要な期間だけ契約する」というサブスク形式の柔軟さがとてもありがたいのです。
特に駆け出しの方や兼業で本数を絞っている方にとっては、
といったスタイルが金銭的にも精神的にも負担が少なく済みます。
実際、以前は履歴書で「字幕制作ソフト所有していません」と書くと、その時点で選考から外れてしまうこともあったそうですが、いまは「必要なときにサブスクします」でOKな空気感に変わりつつあります。
もちろん、使用頻度が高い方や、今後の業務量が安定している方は買い切ったほうが得になるケースもありますが、スタート時に大きなキャッシュアウトを避けられる選択肢があるというだけでも、かなり参入のハードルは下がったのではないでしょうか。
独自のシステムを開発し、その使用を指定する動画配信サービスも出てきた
そしてもう一つの大きな流れが、動画配信サービス側での“クラウド型字幕システム”の導入です。
特にNetflixをはじめとする外資系の配信会社では、SSTなどのローカルソフトを前提としない、自社開発のクラウドプラットフォームを使うケースが増えてきています。
たとえば、CaptionHubやSyncWordsのような字幕作業専用のクラウドツールは、海外の大手メディアや字幕制作会社でも採用されており、実際に案件ベースで使用が指定されることもあります。
こうしたツールでは、専用のURLにログインするだけで作業が開始でき、ソフトのダウンロードや購入は一切不要。
翻訳者にとっては、「ソフトを自前で用意しなくていい」という大きなメリットがあります。
もちろん、こうしたクラウド型ツールがすべての案件で主流になっているわけではありません。
いまも現場ではSSTやnetG1の使用が指定される案件が多数ありますし、特に吹替の尺合わせや細かなタイミング調整などは、SSTの使い勝手が優れていると感じる場面もあります。
そのため、現状はまだ「ローカル型+クラウド型の併用期」という印象です。
今後の動向を見守りつつ、どちらにも対応できる柔軟な体制を整えておくことが、今の映像翻訳者に求められるスキルセットのひとつかもしれません。
まとめ:いま選ぶべきは「柔軟さ」
いかがでしたか?
映像翻訳の現場では今、SST一強だった時代から、選択肢が広がる過渡期にあります。
数年後には、
やりとりはすべてクラウド上で完結、翻訳者は指定されたオンラインツールにアクセスするだけ。必要に応じて市販ソフトをサブスクで使い分ける。
──そんな時代が当たり前になっているかもしれません。
そう考えると、結論は案外シンプルです。
たしかに「SSTはまだ現場で使う」というのは事実ですし、「自分の武器として持っておきたい」と思うなら、購入はひとつの安心材料になるでしょう。
ただ、なるべく初期費用を抑えつつ、これからの変化にも柔軟に対応したいという方にとっては、いま無理に買う必要はありません。
今はサブスク型のプランや代替ソフトもあり、案件によって選びながら進められる時代です。
大切なのは、自分の働き方や価値観に合った選択肢を知っておくこと。そして、必要になったタイミングで“必要な形”で導入できる準備をしておくこと。
「今これを持ってないとダメ」と焦るのではなく、
「必要なときに必要な手段で対応できる」──
そんな自分でいられると、きっとこれからも気持ちよく続けられると思います。